2017.07.18

命日。。

この一年、無駄な人生を送ってきた。らしい。。
一年間、昨年の今頃は、否明日が俺の命日、残念ながら生きてしまったからそれは妥当ではないかも知れぬが、世の中で生きたくても生きられなく亡くなって、命を落としてしまった子供、若者やすべての人々に、俺が死をもって償えることができるならば、もしも俺の代わりに生を授けることができるのなら、

喜んで捧げたい。生は生きたいと願う人間に与えられるべきだと思う。双極性障害の俺にはおそらく未来はないと思う。誤解のないように記述するが、精神科で様々な薬を処方され、それらは医師の金儲けのための詐欺だったと知った、
「溺れる者は藁をもすがる」
すがったサ、しかし所詮藁だった、「懸命にすがったら藁だった」

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2017.06.18

欝から脱出

一か月前からウツになり、何も出来なくなっていた。食事も風呂も歯磨きも髭剃りもな~んにも。。。
ほぼ一日中寝ていた。

それが一週間前から突然、何かが閃いたかの如くノコノコ起きだして空腹を覚え、シャワーを浴び寝込んで弱った筋肉を目覚めさせるかのように、ゴミ出しによろよろと行ったりした。
ただ、睡眠障害が強く眠剤飲んでも眠れない日々は続いている。ウツの時はいくらでも眠れるがフツーになると眠れなくなるのです。
でも、あの千と千尋の神隠しの旅館は4月に退職したので眠れなくても構わないので、気にしないことにしている。

欝→普通→躁→欝  このパターンが多いような気がする。なんかすごろくの「振出しに戻る」を延々と、そんな人生もクスッ と笑えるようにはなれないだろうか?

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2016.12.20

師走

12月も早いもので、あと10日を残すだけになった。

今年はマンションの売却から始まり、再就職、交通事故&入院生活、リハビリで何となく過ぎた一年だった。

ただ支え合う意識だけは何処かに芽生えたような気がする。

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2016.11.29

思い出ドライブ

東京から伊豆下田まで6時間かかったものだ。
今は、熱海を9時過ぎに出発して、12時過ぎに下田に着き「道の駅 開国下田みなと」で昼食とした。
135号線は海辺を走り、海が光っていて奇麗だった。

下田には「海上保安庁の巡視船 しきね PL66」が停泊していた。ヘリは搭載できないが私には海賊船よりも興味がある。

道の駅は魚市場の目の前にあり、新鮮な魚介類が食べられる。ウニ、イクラ、マグロの三色丼1600円。など。。
土産を買い、連れ合いから交代してハンドルを握った。コースは大型車が通る狭い道路がある湯ヶ島、修善寺なのでループ橋もあり不慣れな彼女には無理だろう。

紅葉は奇麗だったが、山間の峠道なのでヘッドライトを点け、下手なドライバーが大型車の後に着いてきて、こっちが停車しなかったら危うく衝突するところだったりした。
修善寺で首も痛くなってきたので、連れ合いに交代してもらい、熱燗。。じゃなくて、熱函道路を抜けて熱海へ着いた。函南で「オラッチェ」や天然酵母パンで有名な「マリー」があったが、時間的にパス。

海は毎日見ているが、湯ケ野~湯ヶ島付近の山も落ち着いていていいが檸檬の作者「梶井基次郎資料館」があったはずだが、何せ首が回らないので(笑)見つけられなかった。
定宿の「湯川屋」にあったが、どうやら廃業してしまったらしい。36年前に連れ合いと泊まったが風情があったのに残念だ。

36年という月日の狭間で、電車と東海バスで廻った谷は今はもうない。ループ橋もいらない、有料道路もいらない。
ただ、目の前の海はきっと、ずっと昔から変わってないんだろう。波の音も。。。

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2016.11.28

自然な生き方

 昨夜、就寝前に首に巻いた「ソフトカラー」は外していい、医師から言われたが寝相が悪いせいか今日は朝から首や頭が痛む。
一応順調に回復傾向にある(マヒ、後遺症なし)ので、車の運転ぐらいは連れ合いよりかは上手いだろう。

事故の車は普通車で「ソリオ」だったが、結構丈夫だったが結局廃車になった。
正面衝突で運転席も助手席も潰れたが、これは仕方ないが、ただエアバックに首を強打して助手席側から這い出したが、エアバックがなかったらフロントグラスに頭を打ち付けていただろうし、どっちにしても即死だった。

入院生活は苦痛だったが、死には比較にならないのか、私にはわからない。
ちなみに死刑の場合、日本では首吊りだが、下手をすると死なない場合がある。それは頸椎に縄が当たった場合だ。骨折はするが骨髄を損傷しない限り死なない。
顎の下に第一頸椎(C1)がある、次に私が骨折した第二頸椎(C2)がある。
つまりそこの隙間に縄をかけないとならない、脊髄を絞めることができないから結構注意しないとならないので、必ず医師が同行する。
しかし、呼吸中枢を圧迫するだけなので最低15秒間生きている。私は背後脊椎だったが15秒間生きて、呼吸が苦しかったが「発煙筒を焚いてください」とだけ言えた。
 
その後は意識を失い丸一日寝たきりで、気が付いたら綺麗な看護師さんがおにぎりを食べさせてくれた。だからおにぎりの味しか覚えていない。
その時の記憶だけは定かだが退院した今、死と生に対する倫理観がなくなった。
ただ、生きたいと思うこと、死にたいと思うことは=だと思う。あまり長生きして迷惑かけたくはないと思う。
 
自然な生き方を考察して。。つまり厄介なことが一つ増えただけ。。。
人間の明日なんて分からないに決まっている。
 
ただ一つだけ確実なことは、りくと一緒に寝て、6時にりくと一緒に散歩に出かけることだけだ。
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2016.10.08

我が家

予定通り退院した。帰宅したら、あの長い3ヶ月は何だったのだろう? と振り返ったが宅配のヒレカツ定食と緑茶ハイに軽く酔ったら忘れていた。    人の記憶とは断片だけ残して忘却の彼方へ離れていく。辛いこともあったが、病室から見えた同じ海も波の音が違うから不思議で、辛いことはベランダからハラハラと散って行った。    看護師はいないが連れ合いとイヌが居るから、長い尻尾がナースコールみたいなものだ。転ばぬように一歩ずつ前に進んで行こう。

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2016.10.06

五字説法

熱海某ホテルでかつてVIPをリムジンで送迎したり、18年ほど尽くした同室のご年配から教わった訓示があったそうだ。    『人己心腹氣』ちなみに腹の文字は横に書く。    『人にはやさしく』     『己は小さく』    『心は丸く』    『腹はたてず』    『気は長く』      五字説法 だがホテルに限らず、誰もがそうあれば世の中も少しは良くなろう。熱海湯河原に移住しないと、この境地には達しないだろう。

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入院生活最後の夜

何時ものように21時に消灯する最後の夜、規則正しく刻まれた日々そして患者仲間や看護師達、ねこ森集会。明日からは自分たちのペースで時が刻まれていく。    Drから『退院祝いでお酒飲むだろうけど頭ガクンとテーブルに打つのは止めてね』ってどんだけ飲むんかい? 4%の緑茶ハイで。。。連れ合いは冷蔵庫でキンキンに冷えているから~ 心優しく、いつまで続くか判らないが。暫らくはのんびり静養出来そうだ。しかし今年の春先までは禁酒していたはずだが、何時から再飲酒し出したのか?

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2016.10.05

この寂しさは

いよいよ明後日退院だが、明日4人部屋の3人がICU ・オペ・退院で部屋にいない最後の一日になる。 早朝のタバコ集会も明日退院者が多く、寂しくなって。。。    親しくなったと思ったら、別れが訪れる。。。入院生活で一番辛い一期一会の瞬間だろう。     昨年、秦野の病院で退院の時話していたら、突然泣き出した同胞がいたり、握手した手をずっと離さない人もいた。2ヶ月の間だったが、みんな精神を病み戦い続けた戦友との別れは、OP が始まる時間にわざと合わせたが、集合時間が少し遅れ、ハイタッチしたり握手での別れとなった。     オペや治療で治る病気と違って、身体は健康でも脳委縮の進行を止める手だてがない病気の辛さは全く違うのだと痛感して、今度は大怪我からでも回復出来る入院生活だったので、退院は喜ぶべきはずだが。なぜ寂しくなるのだろうか。

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2016.10.03

6時のねこ森仲間達

入院3ヶ月にもなると、精神的に癒しを求めたくなる。寝たきりで何も出来なかったが、外の喫煙所で煙草を吸いたくなる。 6時の起床とともに喫煙所に行くと、自然に仲間が出来た。    猫好きなメンバーが多いので『ねこ森集会』と呼んでいる。自動販売機限定の缶コーヒーを飲みながら、熱海や湯河原の話しで盛り上がる。ラウンジでテレビを見ているより、人との会話に皆飢えているのだと思う。    俺はピースかガラムを吸い めいめいお気に入りのタバコを吹かし、朝一番の美味さに酔いしれ長い一日が始まる。    猫好きは優しい人が多いのが不思議だ。  退院したらきっと楽しい思い出になると思う。

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2016.10.02

今夜は

☆今夜はすんなり投稿出来た!    今日の24時、つまり10/3の0時からFM小田原の番組に谷山浩子が出るので、 歌と会話を聞きながら眠ろうと思っている。  あと1時間半だ、しかし眠くなって来てしまった。    頑張ってもう一つ書こうと思う。しかしこの病室は海、波の音が聞こえる。酒が飲めないのが残念だが、ヘタなホテルよりも立地がいい。各階の大浴場は温泉、喫煙所あり、三食付寝放題、なによりも若くて可愛い看護師に優しくしてもらえる。なかなか退院したがらない患者が多いらしい。    一人暮らしの人生の先輩たちもやたらに看護師に甘えて、無理難題を訴える。男性看護師が担当になる日には、急におとなしくなるのが少し笑える。    俺は看護師から学び、人をいたわり癒せる人間に生まれ変わろうと日々精進して過ごしている。...なんちゃって

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島を眺めながら

海側の病室の窓から、初島を正面から眺める日々もあと5日、当然これを書いているのは消灯後、ホテルの明かりと灯台の点滅。やはり初島は正面にある。    退院に向けてリハビリも実生活に即した形になった。  担当の療法士 が俺の自宅のマンション に何度か友人を訪ねているので、階段の段差等知っていたので少しやりやすいみたいだ。    杖なしでの階段や坂道歩行、生活動作(我が家は椅子なし布団)訓練を仕上げて退院する。3ヶ月振りに自宅に帰れば、生活そのものがリハビリのようなものだ。何よりベッドから落ちる心配がない。    愛犬のりくと散歩に行けるようになればしめたものだ。少し落ち着いたら、掛かりつけの診療所に行きたい。カウンセリングも受けるつもりだ。    初島はやはり近くになることに変わりない。

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2016.10.01

夢のつづき

最近の夢はある傾向にある、だから結構覚えている。この際どうでもいい脳細胞のことは忘れることにする。    入院してから2ヶ月間寝たきりだった時は、起きた時『今何処にいるのかわからず』、連れ合いやペットの名を呼んでいた    同室の人達にはとても理解できない寝言だと思ったに違いない。それが暫く続いた。また、職場の寝袋だったり、此処が病院だと気づく迄、暫くかかった。    幸い事故のことは『記憶』 が欠如しているので夢にも出て来なかった。    働き始めた温泉旅館の夢は多かった。駐車場に止めたお客さんの車のナンバープレートの記入、傷のチェックが最初の仕事だが何時もなら多くて15台くらいなのに、出勤したらナント100 台あったり、まあその程度だが。    あと多いのは辞めた寝坊して会社に遅刻するから、休んじゃったとか、でももう行かなくていいのだと気づいた時はサイコーだ。    オッとそろそろ夢見る時間がきたようだ。。。 

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ありのままで

消灯後、眠くなる迄ブログを書くことが習慣になっている。プラウザの性質上、消えては書きを繰り返すからだいたい2時間かかるから丁度良い。     今迄、入院のことはSNSには書いていなかったが、退院の目途がついたのでTuiterとFacebookに簡単に書いてみた。もともとSNS に夢中になったのは、3年前に退職して東京から 熱海市に移住する前後で、ある日ぷっつりとたま~に見る程度で(アドレス帳のタイムライン) 何を食ったとかどっかに行った。。。とかどうでもいい書き込みに閉口してしまった。    リンクを貼り付けて拡散希望!とか面倒くさいのばっかしで、馬鹿馬鹿しい。    『読書メーター』 は本を読了した折々に更新し感想を書いた。ただのつぶやきもあり結構面白い。    『破船』 の読了の感想、今は『パイロットの妻』 を読んでいる。庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』など30年ぶりに読んだ作品もあった。図書館には文庫本はなかったが、『芥川賞全集』に載っていた。    音楽や本から記憶が甦ることも意外と多いことに気づいた。夢見た記憶も残っていたら、面白い散文が書けると思うが、これは記憶に残らない    仕組みになっているらしい。また、思い出そうとしてはいけないそうだ、脳神経細胞に少なからず影響が出るらしい。    ちなみに昨夜の夢は、渋谷でアメリカの美女とデートしているのだった、大したことでもないことに何度も俺に謝ってばかりいた。あっ!しまった!!脳細胞が。。。

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2016.09.30

棚卸し

アルコホーリクス・アノニマス、略称『AA』 のステップで俺が 必ず躓く箇所だ。    しかし、必ず行う、否乗り越えなくてはならない作業だ。俺は何度も挫折して次のステップへ踏み出せないでいる。    原因は分かっている。共依存を受け止めて、それを『美』 の象徴だと考えているからだ。それが真の優しさだと心の底から考え、実行しているからだ。    苦しみ悩んで死をも怖れなくなっている他人を冷たく突き放すことは『結婚の約束に背く』 行為であり、人は一生十字架を背負い懺悔して命絶えるまで生きて行かなければならない!    俺は背徳行為である死を選び実行した。    ただそれだけのことだ。3ヶ月入院した病院で考えた、時間があるからだ。

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2016.09.29

退院判定

今日OK出ました。レントゲンのカンファレンスで異常なし&俺の忍耐の限界、放射線被爆量などの判定だと思います。    トータル3ヶ月でしたが、寝たきり2ヶ月を乗り越えた結果だと自負している。麻痺症状がなかったから、リハビリもスムーズに消化して、杖歩行が出来るようになった。   医師のOK が出てからだいたい1週間を目途に退院日を決める。リハビリをもう少しやりたいので、1週間後にしようと考えている。

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病院移住

  終の棲家が病院、或いは老人ホーム という場合もある。ケアハウスや食事が提供される高齢者向けのマンションへの移住も最近多いようだ。病院も認知症の方へ作業療法などでケアする、一人暮らしの高齢者の方によっては、買い物、歩くこと、人と接する機会がない場合も結構ある。自然に寝たきりになって病院やケアハウスへ同居家族出来ない、或いは連れ合いを亡くしただけで入院、入居せざるを得ない。    女性は連れ合いを亡くしても家事ができるし、買い物や人付き合いも男と比べると高齢者で元気な方が多いようだ。    男は退職して居場所を失い家に籠もる、連れ合いから文句を言われるなど散々な目にあう。いままで一家の大黒柱だったのに、退職を気に喰われたカマキリになる。    病院住まいの『患者』も多いんです。たまに家族が見舞いにくるが、若い看護師達にちやほやされるのも悪くない。退院してまた再入院、また会いましょう!が退院の挨拶だったりする。        

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2016.09.27

夢まどろみ

5時半起床、日の出を眺め6時過ぎまで夢について考えながら熱い顔拭きタオル をヘルパーさんから受け取り、肩掛けポーチにマレーシアシェールを首に巻き、早朝のナースセンターをしり目にエレベーターで2階の自販機で缶コーヒーを買い喫煙所へ行く。   晴れて爽やかな風を浴びていると常連が集まってくる。朝のコーヒーとガラム煙草はこの上なく美味い。坂の途中、車椅子で並んで語らい朝日を浴びる御仁もいる。さて夢の途中は?と考えるが甘い煙草で、そんなことどうでもよくなる。    フロアに戻ると、看護師達は点滴交換やロビーでテレビを見に来るご老人をテーブルに座らせたり、お茶を配ったり夜勤明けのカウントダウン。早番が来る頃朝食の配膳。    慌ただしい朝の光景、俺は目の前の初島を眺めながら食事を済ますと、ラジオと読書で夢を組立てそのままで眠りにつくこともある。    うつらうつら夢の続きを追いかけながら。

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杖歩行

今日からリハビリの様子で車椅子から杖歩行へレベルアップした。まるで老人ホームの話しみたいだが、みんな必死だ。    寝たきり1日で歩行できるようになる迄4日かかるというが、俺の場合は60× 4=240日だから、1年の2/3 と療法士は計算 した。国際宇宙ステーションの飛行士も同じくリハビリに時間がかかるそうだ。    寝たきりになってもきちんとリハビリすれば良くなる、リハビリには理学療法、運動療法、作業療法、言語療法など大病院にはスポーツジム以上の設備があるところもある。     俺の場合は入院1週間目からベッドに寝た状態でほぼ毎日筋力トレーニングが始まり、医師の判断で座位できるようになって、歩行訓練が始まり傾斜ストレッチャーでめまいなどの具合を診ながら、平行棒や歩行器で筋力をつけて移動は車椅子だ。    リハビリセンターでは杖で歩いてバランスが取れるようになると通常移動ができるようになる。 俺は麻痺にならなかったから、あと階段をクリアすれば自己訓練になる。    つくづく歩くことの難しさを知った。だがまだまだ道のりは長く、頸椎はあと4ヶ月予断を許さない。    心のリハビリはそれから何年かかるのか?

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2016.09.24

病院はホテルか!

  何だかんだ書くのは、睡眠薬代わりで、どうせ誰も見てないブログだからかなりの偏見ばかりだ。   高齢化は病院に来るとよくわかるだろう。一応整形外科病棟に入院中だが、スキーシーズンでないせいか分からないが、若者たちがいない。   この俺の歳でさえ若い方で、躓いて足を骨折したなど高齢者が圧倒的に多い。骨折した場合は手術で1週間ほどで退院できるが、 家に居てもなんか身体の具合が悪いとか、ホテルと勘違いして看護師を召使いかなんかの様に、大した用でもないことで、呼び出し大部屋の患者は深夜、早朝4時とかにうるさくて起こされる。まったく迷惑な患者がやたら多い。   昼間も大いびきかいて眠っているから、変な時間に目がさめて、大したことじゃないのにナースコールのボタンを押すのだろう。   これじゃあ看護師もたまったもんじゃないが、仕事だから優しく接しているから可哀相になる。   近ごろの病院はホテル可している、という意見も多い訳だ。

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