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2008.04.22

終いの棲家

強羅公園にて


昔、アパート暮らしをしていた頃、他人から見たら仮の宿っていうけど、終いの棲家とおんなじなんだと思っていました。

最近三鷹に出来た「太宰治文学サロン」を訪ねてそんなことを思い出しました。太宰治は家賃25円のアパートに住んでいて、当時は近くを玉川上水の流れる田舎の風景でした。そして井の頭公園寄りに山本有三が住む洋館があり、時々庭の置物などを川に投げ込んでいたという逸話が残っています。
アパート暮らしの太宰治にしてみれば、当時すでに著名な作家の山本有三邸にはきっと羨ましい気持ちがあったのだと思います。しかし、やがて進駐軍に接収され山本有三の終いの棲家は湯河原となりました。

その2年後(1948年)玉川上水に入水し三鷹のアパートが太宰治の終いの棲家となりました。
愛人と手を赤い紐で固く結ばれた遺体は一週間後に発見されましたが、捜索のため特別に一週間だけ水量を減らしたため奇跡的とも考えられます。その翌日には水量は元に戻るので人食い川と呼ばれていた複雑な構造の玉川上水では二度と発見されなかった可能性もあるからです。

話が逸れてしまいましたが、私の終いの棲家はモナコが希望です。もちろん街中でF1が観戦できるとかヨットハーバーがあるからとかではなく、なんとなくなんです。
海外に行ったことがないので、この先行く機会があったら行った場所が終いの棲家になるような予感がするのです。

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