« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月

2016.09.30

棚卸し

アルコホーリクス・アノニマス、略称『AA』 のステップで俺が 必ず躓く箇所だ。   

 しかし、必ず行う、否乗り越えなくてはならない作業だ。俺は何度も挫折して次のステップへ踏み出せないでいる。    

原因は分かっている。共依存を受け止めて、それを『美』 の象徴だと考えているからだ。それが真の優しさだと心の底から考え、実行しているからだ。    

苦しみ悩んで死をも怖れなくなっている他人を冷たく突き放すことは『結婚の約束に背く』 行為であり、人は一生十字架を背負い懺悔して命絶えるまで生きて行かなければならない!     

ただそれだけのことだ。3ヶ月入院した病院で考えた、時間があるからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.29

退院判定

今日OK出ました。レントゲンのカンファレンスで異常なし&俺の忍耐の限界、放射線被爆量などの判定だと思います。    トータル3ヶ月でしたが、寝たきり2ヶ月を乗り越えた結果だと自負している。麻痺症状がなかったから、リハビリもスムーズに消化して、杖歩行が出来るようになった。   医師のOK が出てからだいたい1週間を目途に退院日を決める。リハビリをもう少しやりたいので、1週間後にしようと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

病院移住

  終の棲家が病院、或いは老人ホーム という場合もある。ケアハウスや食事が提供される高齢者向けのマンションへの移住も最近多いようだ。病院も認知症の方へ作業療法などでケアする、一人暮らしの高齢者の方によっては、買い物、歩くこと、人と接する機会がない場合も結構ある。自然に寝たきりになって病院やケアハウスへ同居家族出来ない、或いは連れ合いを亡くしただけで入院、入居せざるを得ない。    女性は連れ合いを亡くしても家事ができるし、買い物や人付き合いも男と比べると高齢者で元気な方が多いようだ。    男は退職して居場所を失い家に籠もる、連れ合いから文句を言われるなど散々な目にあう。いままで一家の大黒柱だったのに、退職を気に喰われたカマキリになる。    病院住まいの『患者』も多いんです。たまに家族が見舞いにくるが、若い看護師達にちやほやされるのも悪くない。退院してまた再入院、また会いましょう!が退院の挨拶だったりする。        

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.27

夢まどろみ

5時半起床、日の出を眺め6時過ぎまで夢について考えながら熱い顔拭きタオル をヘルパーさんから受け取り、肩掛けポーチにマレーシアシェールを首に巻き、早朝のナースセンターをしり目にエレベーターで2階の自販機で缶コーヒーを買い喫煙所へ行く。   晴れて爽やかな風を浴びていると常連が集まってくる。朝のコーヒーとガラム煙草はこの上なく美味い。坂の途中、車椅子で並んで語らい朝日を浴びる御仁もいる。さて夢の途中は?と考えるが甘い煙草で、そんなことどうでもよくなる。    フロアに戻ると、看護師達は点滴交換やロビーでテレビを見に来るご老人をテーブルに座らせたり、お茶を配ったり夜勤明けのカウントダウン。早番が来る頃朝食の配膳。    慌ただしい朝の光景、俺は目の前の初島を眺めながら食事を済ますと、ラジオと読書で夢を組立てそのままで眠りにつくこともある。    うつらうつら夢の続きを追いかけながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

杖歩行

今日からリハビリの様子で車椅子から杖歩行へレベルアップした。まるで老人ホームの話しみたいだが、みんな必死だ。    寝たきり1日で歩行できるようになる迄4日かかるというが、俺の場合は60× 4=240日だから、1年の2/3 と療法士は計算 した。国際宇宙ステーションの飛行士も同じくリハビリに時間がかかるそうだ。    寝たきりになってもきちんとリハビリすれば良くなる、リハビリには理学療法、運動療法、作業療法、言語療法など大病院にはスポーツジム以上の設備があるところもある。     俺の場合は入院1週間目からベッドに寝た状態でほぼ毎日筋力トレーニングが始まり、医師の判断で座位できるようになって、歩行訓練が始まり傾斜ストレッチャーでめまいなどの具合を診ながら、平行棒や歩行器で筋力をつけて移動は車椅子だ。    リハビリセンターでは杖で歩いてバランスが取れるようになると通常移動ができるようになる。 俺は麻痺にならなかったから、あと階段をクリアすれば自己訓練になる。    つくづく歩くことの難しさを知った。だがまだまだ道のりは長く、頸椎はあと4ヶ月予断を許さない。    心のリハビリはそれから何年かかるのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.24

病院はホテルか!

  何だかんだ書くのは、睡眠薬代わりで、どうせ誰も見てないブログだからかなりの偏見ばかりだ。   高齢化は病院に来るとよくわかるだろう。一応整形外科病棟に入院中だが、スキーシーズンでないせいか分からないが、若者たちがいない。   この俺の歳でさえ若い方で、躓いて足を骨折したなど高齢者が圧倒的に多い。骨折した場合は手術で1週間ほどで退院できるが、 家に居てもなんか身体の具合が悪いとか、ホテルと勘違いして看護師を召使いかなんかの様に、大した用でもないことで、呼び出し大部屋の患者は深夜、早朝4時とかにうるさくて起こされる。まったく迷惑な患者がやたら多い。   昼間も大いびきかいて眠っているから、変な時間に目がさめて、大したことじゃないのにナースコールのボタンを押すのだろう。   これじゃあ看護師もたまったもんじゃないが、仕事だから優しく接しているから可哀相になる。   近ごろの病院はホテル可している、という意見も多い訳だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.23

住めば都

   東京生まれ、 といっても東京は23区を言う、という。 市部は郊外か東京じゃないらしいことを最近知った。    だから俺は東京生まれじゃないらしい。 この話は地元某熱海湯河原では常識のようだ。    しかし吉祥寺が三鷹市と武蔵野市だと分からない、新東京国際空港=千葉県、東京ディズニーランドは 分からないが、まあ俺には全く無縁の場所になったから、オリンピックは興味ないから見ないし、 滅多な事でもない限り東京には行かないと思う。    冬寒いし、夏半端なく暑いから。 日差しがなく、風が汐留辺りでフェーン現象を誘引していることが分かっているのに、ゲリラ豪雨などと騒いで、ゲリラに失礼だ。    住めば都というが、東京にだけはもう二度と住みたいとは思わない。    歳をとるとわかるだろうが、住みたい人は。。。カラスの何とかだなー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.22

日々淡々と

夏はとっくに終わり、台風が何度か来て気温も20°台、秋だ。     歩行許可?が降りて自由に『お散歩』出来るようになったので、喫煙所に煙草を吸いに行ける。骨折と喫煙は治りを遅らせるらしいが、天邪鬼の俺は気にしていない。酒はよくないとは、昔から聞いていたが喫煙は最近データが拡散しだしたようだ。    論文を信じる人やなんでも相談Gooの信者はなんで自己判断能力がなく、ひとにいちいち質問するのか?理解出来ない。   敷地内禁煙、と謳っているが喫煙所は敷地内だが喫煙OK。まあ不思議な気もするが、よほどの健脚でなければ敷地外に出ることが出来ない、そんな健康な入院患者がいたら教えて欲しい。   そういうわけで1日に2回ほどてくてくと散歩に行く。   左膝の痛みはレントゲンでは問題なくDr 曰く『アポロの飛行士は数日宇宙にいただけで大変なんだから』  せめてスペースシャトルと言って欲しかった。    タバコを吸えるようになってから、ストレスが無くなったことは俺にとっては良い効果だ。    頸椎骨折、歩行訓練、手首の骨折の3つがクリアできるまで、ここを離れないで、とDrに言われているので、退院は10月になるだろう。 最近はここの生活にも慣れて、Drに喫煙がばれるまで何とか過ごせるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.19

歩く

リハビリが2日間休みだったので、室内を歩いてトイレに行ったりしている。 まだ、売店とかには行けないから、歩けるようになって喫煙所でタバコを吸いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.18

夜の雲

 数日前から車椅子で移動しているが、 今日たまたまラウンジの本棚に『コンビニ人間』 が掲載されている月刊誌があったので、芥川賞ということもあって、読んでみた。『火花』 ってのも最近受賞していたきがする。    しょっちゅう芥川賞やってるみたいだ。     コンビニの感想を書かないから、今夜は順調に本題に入れる。   いつもの消灯後、開け放ったカーテンからプカプカ浮かんでいるいく筋もの雲が綺麗に見える。     月の明りだろうと目を凝らし、流れ星でも見つけようと、さらに目を凝らしたが流れ星どころか、星が一つも二間窓から見ることが出来なかった。     月明かりじゃあなくて、すぐ近くに造られた人工物の毒々しい照明が邪魔しているのである。    連休だつたか?知らないが(病人には全く関係ない) 一応観光地だから、賑やかに享楽に溺れているのかも知れない。    ジャコビニ流星群でも出現しない限り、星も見えないだろうが、残念ながらそれを待たずに退院しなくてはならない。     因みに流れ星は少なくとも15分に1回は自分の視界範囲内で見ることが出来る、寝転がって空を見ることが出来れば 5分に1回は見える。夏の美ヶ原高原で、の話だが邪魔の明りのない場所なら、東京でだって見ることが出来る。    空を見る余裕が、コンビニに慣れてしまった都会人間には失われてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.16

やっと起床

     (重複文章並び小説の草稿として) 

Dr &教授カンファレンスの判断で、2ヶ月に渡る寝たきりが今日から緩和され、車椅子移動や歩行が可能になった。    

  一部、骨癒着(CT ではたぶん根元) が確認出来たこと、患者の許容限度など考慮した説明があった。インフォームドコンセプトでは、もう少し時間がかかる説明だったが、2週一度のレントゲン&CTの放射線被爆量も許容範囲一杯だったそうだ。    

 第二脊椎(C2)骨折で助かる可能性は『99死に1生 』を得ると言われるらしいが、救急救命士の処置と整形外科部長が当直だったのも幸いした。CT 画像をその場で見て、重症であり絶対安静、後遺症、手術した場合のリスクなど(かなり記憶なかったが)家族に説明したそうだ。      

 体中叩いたりつねったり、反射、神経、言語能力など脊髄損傷にはなっていなく、医師がパイプ椅子に座って頭を両手で抱えて、『神はいる』 と呟いたことは気を失う前に、確かに聞いた。     

  暫く、リハビリで歩行可能と判断されたら退院出来る。     

 人は誰でも、自分だけは死なない、死ぬことはない、そう心の中で抱えて恐れて信じている。俺もそうだった、でも考えが変わった。

 自分は絶対に主人公でないということを。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.15

寝たきり解除

 今日、レントゲン撮影して教授会カンファレンスの結果、絶対安静解除、明日から離床及び歩行訓練可能となった。     

 歓び勇んでベッドを起こして借りた戦争映画のDVD を見た。担当の療法士は慎重な人なので、歩行器を使って歩いたりは来週からだと言ってた。ただトイレは自分で行きたい。    

 ふらつきが無くなれば、生活に支障なくなるので、採点をクリアすれば退院出来るだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.14

秋と春はずるい

 梅雨が明けると夏到来などと勘違いしがちだが、蝉の声に混じって秋の虫が鳴き出し、木々の葉も散り始め歩道を埋めていく。夏の間に秋はすでに準備を始めている。       

 春は冬の間に木々は芽を育み、1月には梅祭りが2月には桜祭りが始まり、旬のミカンが店先に並び春色を周囲に醸し出す。  当然、日本にはたくさんの人が住んでいるから、人の数だけ季節があるのだろう。  南から北まで1500キロ、それ以上かもしれないのだから。。。  それとも、熱海がずるいのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

優しい風

 9月に入り天候が不順で、天気も気温も日毎に違うような気がする。                 

 俺は病室で7月、8月、9月と雨も風も、灼熱の太陽も感じない少し冷房が利きすぎた日々を寝たきりで過ごした。  それでも優しい人達の看護を受けて過ごした日々、やがて寝たきりから解放され、外に散歩に行けるようになると、退院する。     

 秋の風、秋の空、秋の海を肌で感じながらいつもの1/5くらいの速度で歩いているに違いない。     

そっと秋の風が優しく背中を押してくれるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.12

静かな夜に

 普通、勤め人は昼働き、夜眠る。東向きに窓があれば、夜カーテンを開けて寝ると、目覚まし時計など要らないと、相当若い頃何かの雑誌で見た記憶がある。体内時計のリセット、夜型から朝方になりましょう! 

などと晴耕雨読の時代でもあるまい、夜、仕事や活動している人達が、ゴマンといるから朝、新聞を読めたり、ラジオ、テレビでニュースをみたり、電車やバスに乗って出勤することが当たり前だなんて思わないほうがいい。

 俺は30年間、日勤、夜勤と交代制の仕事だったから、体内時計は置き忘れたまま。。。 熱海の移住してから俺の体内時計が動き始めた。     

だから、もう夜勤の仕事をするのは辞めようと思っていた矢先に事故で、頸椎骨折した。あまりにも遅すぎたメッセージだった。     

もっとも今迄、日勤夜勤、9時~翌朝9時の24時間勤務、グリコのおまけのような仮眠時間はあるが、深夜のトラブルも結構あったものだ。     

兎に角、俺は疲れ果てたから、もういいだろう働くのは。身体的に普通の仕事はできないように、強制リセットされた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.11

愛妻とは

 連れ合いは俺が入院してから3日に1回訪れ、1時間程で帰ってゆく。   麦茶や菓子など、副食を買って来て、洗濯物を入替で俺の顔色を見て『元気そうじゃない』 と必ず口にする。  哀しいかな、寝たきりの俺は売店すら行くことが出来ない。      

 入院してから、朝5時頃の愛犬に散歩以外、外出しないようにしたらしい。病院へ来る以外は誰にも会わず 、買物はネットスーパーや駅前のコンビニで買っている。あのコンビニ、お弁当が美味しいと言ってたから、夕飯はコンビニ弁当なのだろう。      

 会話すると思い切り気が強くて、嫉妬深いが一緒にスーパーに行こうものなら、石鹸を選ぶのも一人じゃあ決められない。     せっかちな俺とは正反対だ。一緒に歩いたり、クルマに乗っている時は普通なのに、買物や食事のメニューを決めるのがやたら、時間がかかる。 慎重かと思うと、とんだ間違いするし何よりも決断力がない。      

 良妻、悪妻か?そういった次元以前の石器時代に遡らないと理解することは無理だと、諦めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

復帰に向けて

いやはや入院して2か月、あと1か月、いや3か月以上かかるだろう。           寝たきりの2か月はさすがに参ったが、手術をしない温存治療(絶対安静) は回復は時間がかかるが、首周りの自由度は利くようになるらしい。  ただ不安がやはりいくつかある。怪我の回復やリハビリではなく、サードライフをどうするか?新しい生き方や生活は身体の具合から、無理だ。 ある程度(仕事の復職は除外) 事故以前に戻るか、余生を自由に生きてゆくか、その他の選択肢も100通りあるだろう。       アルコールに関しては耐性及び1年近く服用している断酒補助剤でコントロールできると思う。      一番の問題は双極性障害の治療の継続と、その病気に潜む自殺願望を含めた様々な生活への影響に他ならない。       過去の体験をもとに、去年、病院でカミングアウトしたAC、ADHL は非常に重要な病気の発症に深く関わっていることへの分析など、考えることが必要だが連れ合いとまた、こじれると発作的に自己破壊の道へ向かう可能性があるとしたら、別居などあまり会わないことも考えなければならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.10

思い出すこととは

果たして、人の記憶とはどういう状態て記憶に残っているのだろう。        親兄弟と久しぶりに会ったりすると、必ず昔話を思い出しては語りお茶を濁したりする。    大概がお互いの思い違いだったりする。  人は楽しかった記憶よりも、辛い記憶を鮮明に覚えているものだ。  人の性格に必ずやそんな筈はないわけで、私は嫌な記憶は忘れるようにしている。 などと嘯いても、嫌な記憶、哀しい記憶の方が圧倒的に多い筈だと思う。    俺ももちろんそうだが、その時に流れていた音楽から、思い出すことも多い。 吉祥寺の『スクラッチ』 という野口伊織さん系列のJazzパブでは、閉店の0時になると、同名のライブレコードが流れ、最後の巻煙草の紫煙を燻らせ、残ったスコッチウィスキーを飲み干したものだ。        かぐや姫の『神田川』 には高校のバンドライブのラストの曲でもあり一緒にハミングしてくれた恋人 の声が、今でも時々聞こえてくるように鮮明に覚えている。    そして、記憶は生きている限り新たに生まれていることに、意外と気が付かなかったりする。 記憶には新旧などなく、今、この瞬間が刻まれているのだから、明日より、未来よりも『いま』 を精一杯生きていくしかないじゃないか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.09

感慨

果たして、最近の文章は、街に出たり、美味いものを食べるでもなく、ベッドの上でただひたすら天井を眺めて毎日過ごしている閉鎖的な人間が書いたものが、自分で納得できない。

職場、家庭、病院が重なって何をすればいいのか分からないのだから、始末にを得ない。 

ただ、病院の看護師、職場の仲居は若く、仕事や人間関係に悩んでいる、じつの娘よりも若い世代と生きているのは、間違いない。    

皆それぞれのスタンスで、しっかりやっているのには、頭が下がる。それだけでない、大概の若者たちが笑顔で言葉遣いが長けている。   

疲れている時こそ笑顔で、相手(仲間) を 思いやることを、当たり前のように会得している。 笑いが絶えない彼女たちは一つの発見だと、本心から感慨ひとしおだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サードライフ

ある友人に『俺はそろそろサードライフだな』とメールを送ったら、サードライブってなんだ?? と返信が来た。 

この歳しかり、携帯の文字が見づらくなったか、想像力が衰えたかだろう。 寝たきりになってから、学んだが  『廃用症候群』という、簡単に言えばエコノミー症候群とはまったく違うが、飛行機やクルマのの中に長時間同じ姿勢でいると、血流が阻害され最悪、死に至る症状がある。 寝たきりの場合は筋肉や骨など使わない身体の部分が『廃用』 つまり退化してるか、理学療法士がチェックする項目がある。   

俺たち整形外科に運ばれてきた患者は、入院するとすぐに理学療法士によるリハビリが開始される。手足を使わないと、かなりな速度で『廃用』 するらしい。 

また話が逸れたが、何だっけ?そうそう『サードライフ』 の話を書こうと思っていたが、またの機会にして、やはり寝たきりで知った『人格崩壊』 とは?どういう状態を指すのか、つまり一言で説明できるものではなく、精神的な『共依存』とも深い関係で繋がっている間は、一時的にしろ安定な状態にあると、俺は思う。

芥川龍之介 『歯車』 『或阿呆の一生』を読み、少し分かった。精神的にある傾向にあるか、理解できる人には分かり易いだろう。或、、は芥川龍之介の死後見つかった遺稿だった。 

今日、リハビリ室でトレーニングを受けたが、『こんな思いして、なんのために生きているんだ』と、叫ぶ 年配の御婦人がリハビリを受けていた。痛い、辛い、寝たきりでもいい、そう思う気持ちが『人格崩壊』 に近い。若い療法士にわざと言ってるのかも知れないが。 かなり難解なのは当たり前だが、又吉氏が芥川賞受賞寄せて『火花』 は同じ題名の短編作品をヒントにしたのだが、俺もその光景を想像するだけで鳥肌が立った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.08

あぁ人生

長く、子どもの頃から病気などで不自由な生活をずっとずっと、過ごしている人はたくさんいる。

五体満足で大病もせず成長する人もいる。  光や音のない、目、耳に障がいを持っている人たちの声に耳を、感性を傾けパートナーとして共に生きて行く人達もたくさんいる。

寝たきり2か月を過ごし、こころが折れそうに初めてなった。

せっかく目覚めた 大きな心、包みこむ感性をたとえ折れたこころでも、見つめて生きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.07

毎日の日課について

また話がズレてしもた、いけない!急にティーナカリーナの『あんた』 の歌詞が浮かんできてしまった。   

今の日課。。。6時起床⇒7時半朝食⇒11時リハビリ⇒12時昼食⇒13時半リハビリ⇒17時半夕食⇒21時消灯。。。週に3回シャワーか特浴といってジャグジー付き温泉入浴タイムが入る。 

俺は21時なんかに眠れないから、これらを書いて23時~0時頃寝るようにしている。それでも朝5時には起床するが。 足早になってしまったが、大体、こんな日々を送っている。  前述のティーナカリーナ『あんた』 はジーンときます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日課について

なんであれ、組織と云うものは、小中学校などの『遠足のしおり』みたいな決まり事の上に成り立っている。   大人になっても、今はモラルやルールに縛り付けられて、駅前で煙草が吸えなかったり、海水浴場で酒が飲めなかったり、などなどやたら決まり事を作ってしまった。俺は決まりごとに逆らうように出来ているようで、ある日突然退職してしまうような奴だ。  だから、皆、真面目に毎日仕事に行くのだから尊敬してしまう。退職して、熱海移住を決めてから仕事はしないと決めた。      退職金やら企業年金で、60歳の厚生年金受給まで生活に困ることはない筈だったが、企業年金は3か月に一度だか、予想より1/3少なくなることに気づいた。それから、東京にあるマンションのローン、管理費、固定資産税を払う必要があり、まさに飛ぶ鳥が散弾銃に狙いをつけられ、ロックオンされる寸前だった。しかし、それでも何とかなるもので、マンションは購入時価格で売れ、働き出して1か月半の会社だが、休業補償を支給されるからと、上司が病院に見舞いに来られたとき、手続きするようにとわざわざ伝えられた。職場復帰はリハビリも大変だから10年後でも待ってるから、とホントかどうかわからないが言われた。 職場復帰するかどうかは、たぶん不可能だと思うが。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ある哲学者の言葉

昔、恋人(付き合っていた女の子)と別れる時、俺は苦労や苦渋や言い訳の類を考えたことがなかった。 ことごとくフラれたからだ。

好きになる女性は性格や顔立ち、趣味や価値観のいずれか決まっている。そのなかでは特に性格であろう。

俺の弱点がそれだった。今頃、50半ば過ぎて『気高い女性』 のタイプについて調べていたら、男連中にとって決定的な欠点が分かった。 気高い女は『相手からの別れの言葉を察知すると彼女が先に切り出す』  確かに俺の場合90%あてはまる。 10%はロミオとジュリエット だったり、何となく離れて行った 。ただ一人を除いて。。。 

ある哲学者曰く『前に進むことは決別することから始まる』 と相手にキッパリと伝え別れた。   それを聞いた哲学科の女友達に呼び出され、議論(学生の本分は議論)  を重ねたが俺は貫き通し、別れた。過去に別れた唯一、異なる理由がマメタンのアバンダンの哲学的解釈は結局、彼女の何度となく繰り返す議論に負かされ、もとの鞘に収まった。

だが、哲学科の友人は俺に好意を持っていたらしいことに気づいたことも、如何にも青春の一コマらしいが、確かな事実か謎である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.06

雪暉庵

雪隠庵は止めにして、雪暉庵(せっきあん) と輝かしく変更しようと思う。 

湯河原攻めの幸運を表現するには、些か憚りがあろうと考えたけ結果だが、 googlがどういう検索根拠に基づいているのか?わからないが、【雪隠庵】 で検索すると当ブログが一番上に来るようになった。 たった2日でとは、些か不可思議ではある。依って温水〇〇が大好きな俺には向かない、という理由もある。這ってまでして行く場所ではない。【雪暉庵】でググレるように努力しよう、といっても無駄だとは理解するが、【雪暉庵】と叫んでいればよい結果になると希望する。 

ところで、先般、病室内を舞う蛍の話を書いたが、どうも燐の灯ではないだろうか?夏、お墓で肝試しをやった時に見る明かりである。持ち込んだ懐中電灯で見せかける輩もいたが、土の表面から出る燐が引火点(真夏の外気温度) に達してボヤ~と光る火の玉である。  病室で暉ってもおかしくないだろうか?  そう考えると、怖がり屋の俺には耐えられなくなる、かと思うだろうが、その美しさは孤独な俺に安らぎを与えてくれる。 

最後に『肝試し』 は男女ペアでお墓を巡るのには、特別な理由があることを知っているだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.05

大抵の病院では消灯時間になると共用部の照明が消える 。それも9時くらいだろう。

特にリハビリくらいしか日課がなく、毎食後1時間半くらい眠る俺には、時間がたっぷりとあるが、大抵何もしない。   

だから、勢い消灯後から0時位まで何かしら書いている。  ブラウザを暗くして、スマホに書き出すと決まって蛍が現れる。 部屋をひと回りして消えていく。  おそらく海辺の自動車専用道路を走り抜けていくクルマのヘッドライトの光の反射だと思っている。  同じ海辺でも我家と違って、まるでラブホテルのようだ。 あまり終の棲家にはしたくない、雪隠庵まで這ってでも行こうではないか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

何をしたいのか

分かりきってはいたが、東京から離れてからの(移住) 命題だった。  前回も触れたが【何も考えていない】 が本当だ。 

しかし実際はこれから起こり、判断する根拠地、登山に例えればベース基地として、離れた場所に身を置きたかった。   

親の介護問題が一番だと思うから、近くにいて寄り添っているとお互いにダメになって寝たきりになる。 実際、俺の父親がそうだった。 介護は専門家(ケアマネージャー、介護ヘルパー)に任せた方がいい。   冷たく聞こえるが、弟を若くして失った連れ合いはあまり実家へ行かなくなった。それが現実なのだから仕方がない。だからといって両親の介護放棄したわけではない。と思うが。。。   

ただ之だけは言える、人生何があるか判らない。 だから、生きていた証しを命題とするのではなかろうか?  まだまだ、人生なんて意外と始まったばかりなのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.04

雪隠庵にて (後に雪揮庵となる)

熱海に移住して3年、いろいろなことがあり過ぎ、まさかこんなにも環境や生き方、そして心まで変化を遂げるとは想像すらしていなかった。    

最初は普通のサラリーマンの週末リゾート⇒別荘から通勤⇒6時には電車に乗るから通勤は断念⇒では、と会社を退職⇒そのまま妻とイヌと移住   

たったそれだけの事なので、変わり者の俺の行動に過去との相違などなかった。   はずだった。。。 

まず、期待した夢とのズレが生じた。会社勤中から参画を希望していただけに、ショックだった。 

次に環境がずば抜けて良かったこと。風光、空気そして水は柿田川の湧水だった。 

【雪隠庵】(後の雪揮庵) とは、近くの熱海道から湯河原町を見下ろせる、見返り地蔵の伝承より、名付け庵を興した。 

過去の数奇な出来事を払拭し、清め、泉郷と共存を願う強い思いから【雪隠庵】 はここにその名を刻むであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カーテンはあけたまま

移住に伴い、最初はリゾート利用の別荘にモスグリーンのカーテンを付けたが、りくと一緒に生活するようになり、おしっこの丁度良い標的になり、何時の間にかカーテンを引かなくなった。  東向きの窓からは夏は4時半、冬は6時頃朝日で目が醒める。夏、海風が渡り、冬、お日様暖房だけで頑強なコンクリート造りの狭いマンションはしぜんの空調システムになっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)


画像はファイルアップです
Windows Phoneから送信
wp_001276.jpgをダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.03

深遠なる霞

【但書 以下は小説の草稿です】 

朝、巡回はじまり、最上階。早朝ラウンジでコーヒーなどをセットしながら、今朝は靄に包まれた自然の景色が望めます。。。お客さまと話しながら、やっぱり【霧】じゃなくて靄(もや)だな〜と一人思考していた。

事故当日の早朝4時、奥湯河原 は霧に包まれた幻想を醸し出していた。

仕事はそこそこに面白かったが、何かが違っていた。ずっと不満を抱えたまま自分を騙して仕事を続けていた。  靄の日から、2連休だった。帰宅してから10時開店のスーパーへ行き、自宅で過ごし仮眠して、夜いつもの様に仕事に行くつもりが休みだと気がつき、それでもクルマのキーだけを持って彷徨っていたが、自殺願望は明白だった。  メガネなし、免許証財布なし、シートベルトしない。死ぬのにそんな準備など必要があるわけがない。  スピードは出さない、ヘッドライトはアップのまま、伊東方面を目指した。もちろん単独事故、絶対にそのことだけ意識し、海側防波堤スレスレ走り断崖から飛び込むつもりだった。  だが、伊東あたりまで防波堤が続くと思った瞬間、壁にぶつかり、反動で反対車線の山側の側壁に激突、クルマが停止したらしい。  記憶は既に無かった、マンションを出てからずっと、ずっと何も覚えていない。      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.02

入院に寄せて

今回、骨折で入院して1月半になる。一昨日(8/31)のCT スキャンの画像では骨融合どころか、まだ骨折したままなので目を疑った。   ただ頸(首) と頭部の痛みは和らぎ、もう痛み止めも服用していない。  しかし、ここでずれたり方向が変わったら全身まひ、車椅子、寝たきりになるらしい。  俺は既に覚悟しているから、それほど苦しまなかったこと、最期に文章を残せたこと、それが神の御心だと感謝している。  願わくばタバコと酒を最期の晩餐に供してください

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬の魔法

冬から春、四季を恨む時期、明るく華やか色に染まる春は俺にとっては大敵、毎年一週間程、何もできないから、ほぼ24時間寝ている。  完全なる鬱状態だが、本人も周囲の人も気がつかないまま、放 って置かれる。やがて5月、風に救われ梅雨の走りから梅雨明けまては調子がよい、 躁状態で詩や文章が書きたくなる。  だが、夏の言葉を耳にした瞬間から鬱になり寝込む。 晩秋、紅葉の時期になると富士山までドライブに出かけたりする。 富士山の4合目付近は雪だったりして、車外にでると息も白く秋から冬の端境を身体で感じる、この道は大好きだ。  今年、11月までに退院出来たらまた訪れてみたい。 冬は寒いからコートを引っ掛けて吉祥寺あたりで一杯やる。 特に鰻の白焼に冷酒か燗がいい。 俺にしてはクリスマスだけは祝う慣わしがあり、 年末を迎えると極端に躁から鬱になり、またあのサクラの時期を迎えることになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログについて

現在、ブラウザ試験運転中なので記事の内容など気分に左右されていますが、基本的にブログ自体は流されないで従来通り思いつきを書く積りです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.09.01

9月の風

野川公園のサクラ並木を連れ合いと歩きながら『来年もサクラ見れるかな? でもお前が死んだら見ないから』 『私もそうするから今日よく見とかなきゃ』 梶井基次郎の小説の話をして、何となくそれ以来、サクラに興味を持たなくなった。 熱海へ移住したら、ごく普通に咲く山桜、熱海桜をじっと見上げて 来年も見たくなる感覚も不思議なものだと歩きながらそう思う。 此処は野川じゃないんだから、明日を愁う必要がなくなっただけなんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »