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2018.01.27

音楽

究極の選択。無人島に一つ何を持っていくか?去年の夏に牧師から聞かれた、「ギター」ですと答えたら戸惑っていた。「弦で魚を釣って食べられますから」

さて、牧師がどんな答えを期待していたのか謎である。
しかし、この手の質問はよく聞くが邪道だ。「ウイルソン」が友だった話を知っているし、目の前でトラックに轢かれた女性に、祈る神父の話も知っている。

それが「罪」だと赦免することが果たして出来るのだろうか?そして、それは理にかなっている行為なのか、俺には分からない。

ナチス時代、9.11、3.11。広島長崎への原爆投下、多数の死者を出した、でもその時に神は救いをしなかった。

「十字架に隠れた神」イエスをも殺した神。それで、説明しようとする神学者はおかしいと思う。つまり、人間や生物、海空大地は神が創造したのではないと、反論できる。

つまり、何かの事象が起きるとする、助かった人々は神に救われたと思うが、亡くなった人たちは天に召された、と考える今の神学やそれを信じるキリスト者に疑問を感じる。

神学の限界を痛切に感じる、ミトコンドリアイブ。私たちのDNAの構成の一部にある。キリストは存在しなかった、天地創造の神も存在しなかった。と考えることができる。

しかし、偶然を装いながら「奇跡」は近くにある。俺は確実に近い確率で2年前の事故で死んでいたはずなのに、恥ずかしながらこうして生きている。しかし、それが神の救いだとは思っていないし、むしろ子供に「奇跡」を恵んでくれなかったのか。

だから、俺は音楽を作り、小説を作り、「人のために生きる」本来は尽くすだが、同義語だと思う。

俺にとっての神はギターそのものでしかない。神もイエス・キリストも存在しなかった。と俺は思う。音楽のように明確な証拠を見せてほしいが、「聖書」は普通の小説だったとマルティン・ルターは感じていたのかもしれない。

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