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2018.03.20

クリスチャンとして

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「美しい国日本、美しい国ロシア」ツルゲーネフの有名な言葉だ。
たとい、戦時下であっても美しいと表現する勇気が素晴らしい!!

クリスチャンになったら、この言葉が一番先に浮かんできた。でもクリスチャンでも敵の前では銃を撃つ。私は「プライベートライアン」という映画が好きだ。
ネックレスの十字架にキスしながら「神よ私に力をお与えください」と狙撃銃を撃つ前半のシーンが好きだ。

たとい、クリスチャンでなくても人を殺してはならない、姦淫をしてはならないなど、人として当たり前のことだよね?
クリスチャンであることが、その律法に従うという逃げ道を作り、正当化するのは間違いだと思う。
あるときは立ち位置が変わり、神の律法ではなく、国の定めた律法に従わなければならないことも、あるだろうし、それは個人の判断で構わないと思う。
思い悩むことは、人間に与えられた永遠の宿命のようなものだから、あまり深く考えることはしないで、普通に生活していけばいい。

「汝、隣人を愛せよ」
むしろ、この言葉で私たちは救われているのだろうと思う。

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