熱海移住

2016.11.29

思い出ドライブ

東京から伊豆下田まで6時間かかったものだ。
今は、熱海を9時過ぎに出発して、12時過ぎに下田に着き「道の駅 開国下田みなと」で昼食とした。
135号線は海辺を走り、海が光っていて奇麗だった。

下田には「海上保安庁の巡視船 しきね PL66」が停泊していた。ヘリは搭載できないが私には海賊船よりも興味がある。

道の駅は魚市場の目の前にあり、新鮮な魚介類が食べられる。ウニ、イクラ、マグロの三色丼1600円。など。。
土産を買い、連れ合いから交代してハンドルを握った。コースは大型車が通る狭い道路がある湯ヶ島、修善寺なのでループ橋もあり不慣れな彼女には無理だろう。

紅葉は奇麗だったが、山間の峠道なのでヘッドライトを点け、下手なドライバーが大型車の後に着いてきて、こっちが停車しなかったら危うく衝突するところだったりした。
修善寺で首も痛くなってきたので、連れ合いに交代してもらい、熱燗。。じゃなくて、熱函道路を抜けて熱海へ着いた。函南で「オラッチェ」や天然酵母パンで有名な「マリー」があったが、時間的にパス。

海は毎日見ているが、湯ケ野~湯ヶ島付近の山も落ち着いていていいが檸檬の作者「梶井基次郎資料館」があったはずだが、何せ首が回らないので(笑)見つけられなかった。
定宿の「湯川屋」にあったが、どうやら廃業してしまったらしい。36年前に連れ合いと泊まったが風情があったのに残念だ。

36年という月日の狭間で、電車と東海バスで廻った谷は今はもうない。ループ橋もいらない、有料道路もいらない。
ただ、目の前の海はきっと、ずっと昔から変わってないんだろう。波の音も。。。

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2016.11.28

自然な生き方

 昨夜、就寝前に首に巻いた「ソフトカラー」は外していい、医師から言われたが寝相が悪いせいか今日は朝から首や頭が痛む。
一応順調に回復傾向にある(マヒ、後遺症なし)ので、車の運転ぐらいは連れ合いよりかは上手いだろう。

事故の車は普通車で「ソリオ」だったが、結構丈夫だったが結局廃車になった。
正面衝突で運転席も助手席も潰れたが、これは仕方ないが、ただエアバックに首を強打して助手席側から這い出したが、エアバックがなかったらフロントグラスに頭を打ち付けていただろうし、どっちにしても即死だった。

入院生活は苦痛だったが、死には比較にならないのか、私にはわからない。
ちなみに死刑の場合、日本では首吊りだが、下手をすると死なない場合がある。それは頸椎に縄が当たった場合だ。骨折はするが骨髄を損傷しない限り死なない。
顎の下に第一頸椎(C1)がある、次に私が骨折した第二頸椎(C2)がある。
つまりそこの隙間に縄をかけないとならない、脊髄を絞めることができないから結構注意しないとならないので、必ず医師が同行する。
しかし、呼吸中枢を圧迫するだけなので最低15秒間生きている。私は背後脊椎だったが15秒間生きて、呼吸が苦しかったが「発煙筒を焚いてください」とだけ言えた。
 
その後は意識を失い丸一日寝たきりで、気が付いたら綺麗な看護師さんがおにぎりを食べさせてくれた。だからおにぎりの味しか覚えていない。
その時の記憶だけは定かだが退院した今、死と生に対する倫理観がなくなった。
ただ、生きたいと思うこと、死にたいと思うことは=だと思う。あまり長生きして迷惑かけたくはないと思う。
 
自然な生き方を考察して。。つまり厄介なことが一つ増えただけ。。。
人間の明日なんて分からないに決まっている。
 
ただ一つだけ確実なことは、りくと一緒に寝て、6時にりくと一緒に散歩に出かけることだけだ。
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2016.10.08

我が家

予定通り退院した。帰宅したら、あの長い3ヶ月は何だったのだろう? と振り返ったが宅配のヒレカツ定食と緑茶ハイに軽く酔ったら忘れていた。    人の記憶とは断片だけ残して忘却の彼方へ離れていく。辛いこともあったが、病室から見えた同じ海も波の音が違うから不思議で、辛いことはベランダからハラハラと散って行った。    看護師はいないが連れ合いとイヌが居るから、長い尻尾がナースコールみたいなものだ。転ばぬように一歩ずつ前に進んで行こう。

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2016.10.06

五字説法

熱海某ホテルでかつてVIPをリムジンで送迎したり、18年ほど尽くした同室のご年配から教わった訓示があったそうだ。    『人己心腹氣』ちなみに腹の文字は横に書く。    『人にはやさしく』     『己は小さく』    『心は丸く』    『腹はたてず』    『気は長く』      五字説法 だがホテルに限らず、誰もがそうあれば世の中も少しは良くなろう。熱海湯河原に移住しないと、この境地には達しないだろう。

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入院生活最後の夜

何時ものように21時に消灯する最後の夜、規則正しく刻まれた日々そして患者仲間や看護師達、ねこ森集会。明日からは自分たちのペースで時が刻まれていく。    Drから『退院祝いでお酒飲むだろうけど頭ガクンとテーブルに打つのは止めてね』ってどんだけ飲むんかい? 4%の緑茶ハイで。。。連れ合いは冷蔵庫でキンキンに冷えているから~ 心優しく、いつまで続くか判らないが。暫らくはのんびり静養出来そうだ。しかし今年の春先までは禁酒していたはずだが、何時から再飲酒し出したのか?

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2016.10.05

この寂しさは

いよいよ明後日退院だが、明日4人部屋の3人がICU ・オペ・退院で部屋にいない最後の一日になる。 早朝のタバコ集会も明日退院者が多く、寂しくなって。。。    親しくなったと思ったら、別れが訪れる。。。入院生活で一番辛い一期一会の瞬間だろう。     昨年、秦野の病院で退院の時話していたら、突然泣き出した同胞がいたり、握手した手をずっと離さない人もいた。2ヶ月の間だったが、みんな精神を病み戦い続けた戦友との別れは、OP が始まる時間にわざと合わせたが、集合時間が少し遅れ、ハイタッチしたり握手での別れとなった。     オペや治療で治る病気と違って、身体は健康でも脳委縮の進行を止める手だてがない病気の辛さは全く違うのだと痛感して、今度は大怪我からでも回復出来る入院生活だったので、退院は喜ぶべきはずだが。なぜ寂しくなるのだろうか。

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2016.10.03

6時のねこ森仲間達

入院3ヶ月にもなると、精神的に癒しを求めたくなる。寝たきりで何も出来なかったが、外の喫煙所で煙草を吸いたくなる。 6時の起床とともに喫煙所に行くと、自然に仲間が出来た。    猫好きなメンバーが多いので『ねこ森集会』と呼んでいる。自動販売機限定の缶コーヒーを飲みながら、熱海や湯河原の話しで盛り上がる。ラウンジでテレビを見ているより、人との会話に皆飢えているのだと思う。    俺はピースかガラムを吸い めいめいお気に入りのタバコを吹かし、朝一番の美味さに酔いしれ長い一日が始まる。    猫好きは優しい人が多いのが不思議だ。  退院したらきっと楽しい思い出になると思う。

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2016.10.02

今夜は

☆今夜はすんなり投稿出来た!    今日の24時、つまり10/3の0時からFM小田原の番組に谷山浩子が出るので、 歌と会話を聞きながら眠ろうと思っている。  あと1時間半だ、しかし眠くなって来てしまった。    頑張ってもう一つ書こうと思う。しかしこの病室は海、波の音が聞こえる。酒が飲めないのが残念だが、ヘタなホテルよりも立地がいい。各階の大浴場は温泉、喫煙所あり、三食付寝放題、なによりも若くて可愛い看護師に優しくしてもらえる。なかなか退院したがらない患者が多いらしい。    一人暮らしの人生の先輩たちもやたらに看護師に甘えて、無理難題を訴える。男性看護師が担当になる日には、急におとなしくなるのが少し笑える。    俺は看護師から学び、人をいたわり癒せる人間に生まれ変わろうと日々精進して過ごしている。...なんちゃって

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島を眺めながら

海側の病室の窓から、初島を正面から眺める日々もあと5日、当然これを書いているのは消灯後、ホテルの明かりと灯台の点滅。やはり初島は正面にある。    退院に向けてリハビリも実生活に即した形になった。  担当の療法士 が俺の自宅のマンション に何度か友人を訪ねているので、階段の段差等知っていたので少しやりやすいみたいだ。    杖なしでの階段や坂道歩行、生活動作(我が家は椅子なし布団)訓練を仕上げて退院する。3ヶ月振りに自宅に帰れば、生活そのものがリハビリのようなものだ。何よりベッドから落ちる心配がない。    愛犬のりくと散歩に行けるようになればしめたものだ。少し落ち着いたら、掛かりつけの診療所に行きたい。カウンセリングも受けるつもりだ。    初島はやはり近くになることに変わりない。

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2016.10.01

夢のつづき

最近の夢はある傾向にある、だから結構覚えている。この際どうでもいい脳細胞のことは忘れることにする。    入院してから2ヶ月間寝たきりだった時は、起きた時『今何処にいるのかわからず』、連れ合いやペットの名を呼んでいた    同室の人達にはとても理解できない寝言だと思ったに違いない。それが暫く続いた。また、職場の寝袋だったり、此処が病院だと気づく迄、暫くかかった。    幸い事故のことは『記憶』 が欠如しているので夢にも出て来なかった。    働き始めた温泉旅館の夢は多かった。駐車場に止めたお客さんの車のナンバープレートの記入、傷のチェックが最初の仕事だが何時もなら多くて15台くらいなのに、出勤したらナント100 台あったり、まあその程度だが。    あと多いのは辞めた寝坊して会社に遅刻するから、休んじゃったとか、でももう行かなくていいのだと気づいた時はサイコーだ。    オッとそろそろ夢見る時間がきたようだ。。。 

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